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大阪高等裁判所 平成8年(う)33号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋泰介及び被告人各作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、原判示事実について、被告人は八二キロメートル毎時の速度で運転進行したことはないのに、これを認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討する。

一  原判決挙示の関係各証拠によれば、(一) 滋賀県水口警察署警部補坪内正男ほか五名は、平成五年一〇月一五日午後四時五〇分から同日午後七時まで、原判示の場所(以下「本件現場」という。)において、日本無線株式会社製光電式車両走行速度測定装置「JMA-一四一F-一」型(以下「本件測定装置」という。)を使用して、交通取締り(以下「本件取締り」という。)を実施したこと、(二) 同日午後五時二一分ころ、本件測定装置により、被告人運転の原判示自動車が、法定速度六〇キロメートル毎時を二二キロメートル超える八二キロメートル毎時の速度で進行したと測定されたこと、(三) 本件取締りにおいて、対象車両の特定及び測定値の正確性に影響を及ぼすような事情はなかったことが認められ、右各事実によれば、被告人が原判示の速度違反をした事実はこれを認めることができる。

二1  しかるに、所論は、(一) 本件測定装置そのものの正確性に疑問の余地がありうること、(二) 本件取締りにおける測定方法に疑問があり、その結果、誤った測定値が表示された可能性が高いことを主張して、被告人が八二キロメートル毎時の速度で進行した事実を争うので、以下検討を加えることとする。

2  本件測定装置の性能ないし精度について

関係各証拠によれば、(一) 本件測定装置は、区間測定方式といって、七メートルの区間の両端にそれぞれ光の道を設け、その光の遮断によってその間を車両が移動するのに要する時間を電子計測し、その時間から速度を計算し、表示及び記録する装置であること、(二) 本件測定装置は、測定速度二五キロメートルから一九九キロメートル毎時の範囲において、測定精度はマイナス二・五パーセント及びマイナス一キロメートル毎時であること、すなわち、実際の速度に対して、二・五パーセント遅くなるように計算され、かつ、計算速度の一キロメートル未満については端数を切り捨てて表示されるように設定されていること、(三) 滋賀県警においては、年二回、本件測定装置の定期点検を実施しており、本件取締りに近接するものとして、平成五年七月七日、一四項目にわたり点検がなされ、その結果は良好であったこと、(四) 担当の警察官において、本件取締りに際し、測定開始前の午後四時四九分及び測定終了後の午後七時一二、一三分に本件測定装置が正常に作動するかどうかの点検をしており、いずれも正常であったこと、以上の各事実が認められる。右各事実を総合すれば、本件測定装置は、本件取締りの時点において、正常に作動していたと認めることができ、また、本件測定装置自体に前記のとおり許容値ないしは誤差の存在することは認められるものの、そのことが被告人に不利益に働くことはないというべきである。論旨は理由がない。

3  本件取締りの測定方法の正確性について

(一)  まず、所論は、前記七メートルの間隔を正確にとらなかった可能性があると主張するが、関係各証拠によれば、〈1〉本件測定装置は、七メートルの区間のスタート地点及びストップ地点のそれぞれに各一台の送受光器及び反射器を設置する必要があるが、右設置に携わる警察官にとっては、二台の送受光器間及び二台の反射器間の各間隔をいずれも七メートルとすること、少なくとも七メートルより短くなるような設置の仕方はしないということは最も基本的かつ重要なこととして指導を受け、かつ、認識されていること、〈2〉実際に七メートルを正確に計測するために、本件測定装置の付属品である鋼性のメジャー(摂氏一度あたりの膨張率が一〇×一〇のマイナス六乗の精度)を使用していること、〈3〉七メートルを計測するための基準点として、送受光器の上面中心に「+」のマークが刻印されており、これを基準に計測されていること、〈4〉反射器の設置についても一定の方式で送受光器から垂線を引き七メートルの間隔を正確に保つための配慮をしていること(なお、被告人は、後日の独自の調査の結果、二台の反射器の間隔が七メートルを確保されていたことを肯定している。)、〈5〉本件取締りを担当した警察官らは、本件測定装置の設置及び取扱いに精通している上、水口警察署においては、本件現場において相当回数の速度取締りを実施しており、いわば慣れ親しんだ場所であって、本件取締りに関してのみ本件測定装置の設置方法に問題があったとする事情は認められないこと、などの各事実が認められ、右各事実を総合して判断すると、本件取締りにおいては、所論指摘の七メートルの間隔を確保して測定したものと認めることができる。

(二)  次に、所論は、本件測定装置の設置状況について、送受光器の下に砂袋を置いて高さを調節していたため、正確な測定ができなかった可能性があると主張するが、原審証人坪内正男は、右砂袋は送受光器の保護のために使用していたものであるとしてこれを否定するところ、原審証人吉井正吉(本件測定装置の製造会社の品質管理課担当課長)の証言、実況見分調書(検甲5号証)、計器写真(検甲11号証)によれば、〈1〉本件現場は、側道から国道一号線への進入路となっているため、一部歩道が途切れており、右歩道の両端は自転車等が通行し易いように歩道から側道に向かって斜面となって平坦な側道に連なっているが、そのほぼ対照的な位置の少し傾斜した縁石上に各送受光器が設置されていたこと、〈2〉右送受光器のインディケータを覗きながら反射器と水平になるように設置することによって送受光器が路面に対して直角になるように設置できること、〈3〉そして、そのように設置することによって、国道の車道面からそれぞれほぼ同じ高さの位置に保つことができること、〈4〉また、前記吉井は、本件現場の道路状況の写真を見て、本件現場で速度測定することに支障はなく、かつ、計器類の設置状況には不適当な点は見あたらないと証言していること、以上の各事実が認められる。右各事実を総合すると、本件現場において、送受光器の高さを調節をする必要性は認められないから、砂袋を送受光器の下に置く必要性はなく、砂袋は送受光器の保護のために使用していたとする前記坪内証言は信用できる。これに対し、送受光器の一台は歩道の縁石上に、他方は側道に各設置されており、そのうち側道上の送受光器は砂袋の上に斜めに据え付けられてあったとする被告人の当審における供述は前記認定に照らし信用できない。したがって、送受光器の下に砂袋を置いて高さを調節していたとの事実は認められない。また、前記吉井証言によれば、仮に、右設置の高さが多少異なっていても、光を遮断する部位がタイヤである限り、測定値には影響がでないといえることに照らすと、いずれにしても本件現場における送受光器の高さ調節に関する問題は本件測定方法の正確性の判断に影響しない。

(三)  さらに、所論は、前記証人吉井がテスト表(検甲10号証)の本件測定装置の使用開始直前及び終了直後の作動テストの数値について、正常に作動していれば「三八、七三又は七四、一一〇の三種類の速度が表示、記録されれば正常です。」と証言しているのに、実際の作動テストでは「三七、七三、一一〇キロメートル毎時」という数字が表示されていることをとらえて、その正確性に疑問があると主張するが、光電式車両走行速度測定装置点検成績書(検甲8号証)によれば、同成績書の番号「4」の点検項目欄には「校正動作」、正常状態欄には「低速リセット 三七キロメートル毎時、七三、七四キロメートル毎時、一一〇キロメートル毎時、高速リセット」、結果欄には「良」と記載されており、右数字に照らすと、証人吉井は、何らかの事情で右「三七」の数字を「三八」と勘違いし、「三七は出ないです」と証言したものと解するのが相当であり、右証言のみでは本件測定装置自体の正確性を左右するものではない。

(四)  また、所論は、被告人の運転車両の前部に約二〇センチメートルのコードが垂れ下がっていたため、正確な速度が測定できなかった可能性があると主張するが、前記吉井証言によれば、右のようなコードでは送受光器に反応しないため、測定に影響しないことが認められるから、測定に誤りの生じるおそれはないというべきである。

(五)  なお、所論は、本件取締りに使用されていた測定機種が本件測定装置と異なるものであったと主張するが、速度測定カード(検甲4号証)、前記光電式車両走行速度測定装置点検成績書、精度確認書(検甲9号証)及びテスト表(検甲10号証)並びに前記坪内及び同吉井の各証言によれば、本件測定装置が使用されていたことが明らかである。

三  以上のとおりであって、原判決が、その挙示する各証拠を総合して、判示事実を認定したことは正当であり、原判決に事実誤認はない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 古川 博 裁判官 鹿野伸二)

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